東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)278号 判決
1 請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
(一) まず、本件考案の技術的課題及びこれを解決するための技術的手段について検討すると、成立に争いのない甲第二号証によれば、本件考案の明細書の考案の詳細な説明中には、「室の空間をできるだけ能率よく利用するために本出願人は物置棚の側壁に軸装した手動把手と共軸一体の伝動輪と、上記物置棚の底部に軸装された軌条上を転動する車輪と共軸一体の伝動輪との間に伝動紐をかけて減速駆動するようにした手動式移動物置棚を考案して先に実用新案登録出願をした(実願昭四三―二二一一七号)。しかし、上記件外出願に係る物置棚にあつては床に布設された軌条が傾斜している場合物置棚が暴走して物置棚と物置棚の間の通路内で物品の出し入れをしている者を押し潰したり、暴走した物置棚が他の物置棚に衝突して物置棚内に積重ねられていた物品が崩れる恐れがあつた。本案は物置棚が暴走しないように考慮して上記件外出願に係る物置棚の欠点を解消したもの」(本件考案の実用新案公報第一欄第二四行ないし第二欄第一行)と記載されていることが認められ、件外出願の暴走の恐れのある従来の手動式移動物置棚とは、右記載事項からみて、本件考案の要旨の前段の構成と同一の手動式移動物置棚を指すものであり、このような物置棚は、その構成に鑑み、床に布設された軌条が傾斜している場合に限らず、軌条が傾斜していない場合にも物置棚の使用者の意思と関係なく、他人が手動把手を回動したり、物置棚を押したりすると移動するものであつて、本件考案では、この使用者の意思に基づかない物置棚の移動を従来の物置棚の欠点と称していることが明らかである(なお、右にいう暴走の意義を理解するに当たつては、作業者が通路内に入つているか否かは直接関係のないことである。)。
そして、前掲甲第二号証によれば、本件考案は、前記の従来の物置棚の欠点を解消する技術的手段として、その要旨の前段の構成に、後段の「把輪4と共軸一体に鎖輪状の回転輪7を設け、物置棚外から手動的に操作し得る杆材8a(9a)を必要に応じ上記回転輪7の歯間に係合させ得るようにした装置」を備えたものであることが認められる。
したがつて、本件考案においては、もともと手動把輪4を回動することにより軌条1上を転動する車輪3を減速駆動して物置棚を移動することが可能であるが、前記装置を設けたことにより、任意の物置棚において、杆材を鎖輪状の回転輪の歯間に係合させると、その物置棚の車輪は転動不能状態となり、このため、例えば軌条の傾斜があつても、あるいは、手動把輪を回動しようとしても、物置棚の車輪は転動することがなく、これによつて物置棚の移動は阻止されるものである。
このように、本件考案は、従来の手動式移動物置棚のもつ欠点を除去するため、物置棚が使用者の意思に基づかない移動を行わないように、物置棚の車輪を転動不能状態にしうる技術的手段を採用した点に特徴があるものである。
(二) 次に、引用例記載のものの技術的課題とこれを解決するための技術的手段について検討すると、引用例記載のものは、本件考案と同一の構成であるところの鎖輪状の回転輪と伝動輪を設け、物置の底部に軸装された軌道上を転動する車輪に隣合つた鎖輪を設け、鎖輪と伝動輪との間に伝動紐をかけて減速駆動するようにした手動式移動物置棚を対象とすることは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第四号証によれば、引用例中には、「適当な高さに設けられた把輪を操作することにより、一般にピニオンとチエンからなる伝達装置によつて回転ローラーを作動させ、軌条上を移動しうる物置棚は、その中の分類された書類に近寄らせず、したがつてその内容の秘密を確保することが重要である。(中略)本発明によれば、物置棚の内容物への不可侵性を確保するための鎖錠装置の錠は伝導装置と関連されている。」(第一頁第六行ないし第一四行)と記載されていることが認められ、その技術的手段として、物置棚外から手動的に操作しうる(鍵を用いる)プランジヤーを回転輪の歯間に係合させうるようにした装置を備えたものであることが認められる。
したがつて、引用例記載の手動式移動物置棚においては、もともと手動把輪を回動することにより、軌条上を転動する車輪を減速駆動して物置棚を移動させうるものであり、また、軌条が傾斜していれば車輪が軌条上を転動して物置棚は移動するものであるが、引用例記載のものは、このような手動式移動物置棚において、前記装置を設けることにより、物置外から手動的に操作しうる(鍵を用いる)プランジヤーを回転輪の歯間に係合させると、その物置棚の車輪は転動不能となり、物置棚の移動は阻止されるものである。
(三) 原告は、本件考案と引用例記載のものとは、解決すべき技術的課題を全く異にする旨主張する。
本件考案については、その明細書に従来の手動式移動物置棚において物置棚が暴走する欠点を解消したものと記載され、一方、引用例記載のものについては、引用例に物置棚の内容物の秘密を確保するための鎖錠装置である旨記載されていることは前述のとおりである。
しかしながら、前記(一)及び(二)の認定事実によれば、両者は、同一の構成を有する手動式移動物置棚を対象とする点において共通するだけでなく、本件考案は前記欠点を解消するために、本来自由に転動しうる物置棚の車輪を転動不能状態にすることを技術的課題とし、そのための技術的手段として、「物置棚外から手動的に操作し得る杆材8a(9a)を必要に応じ上記回転輪7の歯間に係合させ得るようにした装置」を備えたものであり、一方、引用例記載のものも、内容物の秘密確保のために本来自由に転動しうる物置棚の車輪を転動不能状態とすることを技術的課題とし、そのための技術的手段として、物置棚外から手動的に操作しうる(鍵を用いる)プランジヤーを回転輪の歯間に係合させうるようにした装置を備えたものであつて、両者の技術的課題を客観的に把握するならば、両者は解決すべき技術的課題を共通にし、しかもそのために引用例記載のものが鍵を使用する点を除いて同一の技術的手段を備えたものに他ならない。
したがつて、本件考案において物置棚が暴走する欠点を解消するといい、引用例記載のものにおいて、物置棚の内容物の秘密を確保するといつても、単なる主観的な課題の把握の相違にすぎないのであつて、「両者に目的の相違があるといつてもそれは単に表記上の相違にすぎない」とした審決の判断に誤りはない。
(四) 本件考案は、前記(一)において認定したとおり、本来自由に移動しうる手動式移動物置棚において、杆材を鎖輪状の回転輪の歯間に係合させることによりその物置棚の車輪を転動不能状態とし、使用者の意思に基づかない物置棚の移動を阻止するものであるから、その意味において暴走防止という作用効果を奏するものである。
原告は、引用例記載のものは、本件考案における暴走防止効果を達成することができないとし、その理由として、まず、引用例記載のものにおいては、物置棚の不使用状態、すなわち物置棚相互が近接して置かれた状態で移動不能になるように物置棚を施錠する手段として、多数連接する物置棚の端部の一つにのみ施錠装置を設けるものであると主張し、右主張は、そのような施錠装置では、物置棚が使用されている状態では物置棚の回転輪の回転は阻止されないことを指摘する点に主眼があるものと解される。
しかしながら、前掲甲第四号証によれば、引用例中には、「物置棚の移動装置は少なくとも一つの水平軸を有し、この軸上で少なくとも一つの鎖輪が回転し、これに一つの円板(鎖輪状回転輪、制動輪)が組合わされ、この円板はその周辺に一連の孔を有し、これらはプランジヤーを通すためのものであつて、これが錠の締金装置を構成する。この錠は既知形式のシリンダー錠であることが望ましく、錠は運動伝導装置のケース上に取付けられる。」(第一頁第一八行ないし第二六行)と記載されていることが認められるから、引用例記載のものにおける手動式移動物置棚は、いずれも手動把輪、鎖輪及び車輪からなる移動装置を有し、その移動装置の一つの軸に鎖輪と円板(鎖輪状回転輪、制動輪)が組合わされ、この円板の歯間にプランジヤーを係合するものであり、したがつて各物置棚ごとに施錠装置が設けられているものと認めるのが相当である。このことは、引用例の別紙図面(二)FIG1にはすべての物置棚が明示されてはいないが、端部の一つの物置棚だけではなく連接する物置棚にそれぞれ手動把輪6、伝導装置収納装置(ケース)8が設けられており、その伝導装置収納装置8の内部構造はFIG2に図示されたとおり、円板20及びプランジヤー24を備えていることからも明らかである。
そして、引用例記載のものは、前記(二)において認定したとおり、本来自由に移動しうる手動式移動物置棚において、鎖輪状の回転輪の歯間にこの回転輪を錠止するための部材としてプランジヤーを係合させることによりその物置棚の車輪を転動不能とし、使用者の意思に基づかない物置棚の移動を阻止するものであるから、本件考案における暴走防止という作用効果を奏するものである。
原告は、仮に、引用例記載のものにおいて、すべての物置棚に施錠装置が設けられているとしても、それは秘密保持のためであり、物置棚の暴走防止の機能を奏しえない旨主張する。
しかしながら、引用例記載のもののもつ作用効果の本質は、本来自由に転動しうる物置棚の車輪を転動不能状態にするという点であり、これを秘密保持の作用効果として評価するか、あるいは、暴走防止の作用効果として評価するかは、引用例記載のものがもつそれぞれの機能の一形態を取り上げてみているにすぎず、たとえ引用例が暴走防止の作用効果なるものを明示的に記述していなくても、暴走防止の機能が引用例記載のものの本質的作用効果において自明である以上、暴走防止の点において本件考案との間に格別の差異があるとすることはできない。
もつとも、物置棚の回転輪の回転を阻止するに当たり、引用例記載のものは、鍵を用いる点において本件考案と構成を異にするが、前掲甲第四号証によれば、引用例中には、「もし物置棚が一度結合接触状態にされると、物置棚の内容物に接近できないようにするためには錠23は閉じられ、プランジヤー24を突出させ、その端部は孔21の一つを通過後、管状体26の貫孔27内に挿入される。」(第三頁第一四行ないし第一八行)と記載されているから、引用例記載のものにおいて、回転輪の回転を阻止するのは、プランジヤー24と貫孔27との係合によりもたらされるものと認められ、この点プランジヤー24と本件考案の杆材8a(9a)との間には何ら差異は認められない。したがつて引用例記載のものにおける鍵によるプランジヤー24と本件考案の杆材8a(9a)とは、鎖輪状の回転輪の歯間に係合する部材として相違するものであるとする理由はなく、その点から、引用例記載のものが暴走防止を奏しえないとすることもできない。
そして、本件考案において、引用例記載のものの鍵を使用する点を除外した点に格別の考案力を要するものでないことは技術常識上明らかであり、「この相違点についても、当業者が格別の考案力を要するものとは到底認めることができない。」とした審決の判断に誤りはない。
(五) 以上のとおりであつて、本件考案は当業者が引用例記載のものに基づいてきわめて容易に考案をすることができたものであるとした審決の判断は正当であつて、審決には原告主張のような違法の点はない。
3 よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却することとする。
〔編註〕 本件考案の要旨は左のとおりである。
物置棚の側壁に軸装した手動把輪4と共軸一体の伝動輪5と、上記物置棚の底部に軸装され軌条1上を転動する車輪3と共軸一体の伝動輪との間に伝動紐6をかけて減速駆動するようにした手動式移動物置棚において、上記把輪4と共軸一体に鎖輪状の回転輪7を設け、物置棚外から手動的に操作し得る杆材8a(9a)を必要に応じ上記回転輪7の歯間に係合させ得るようにした装置。